青い青い空の下、と言っても、雪のせいで曇りがちですが、我らが金冠町のふぁきあ君は女の子になったあひるちゃんと楽しく暮らしておりました。
いつもの様に二人で仲良くお手々つないでほっつき歩いていたら、二人揃っていつの間にやら見慣れぬ場所に立っておりました。ふぁきあ君があひるちゃんを振り返ると、手をつないでいたはずの彼女はふぁきあ君の手の中にすっぽり納まるサイズになって、うるうるとした瞳で見つめ返しています。しかも、何ということでしょう、あひるちゃんはアヒルの着ぐるみ姿になっておりました。アヒル姿も可愛いですが、アヒルの着ぐるみ姿は殺人的な可愛さです。鼻血出血多量死しないように、ふぁきあ君は慌てて鼻と口を両手で押さえました。
「どどどどどどどど……どうしたんだよッ! その格好はッ!」
「え? なーに? あれ? 何これ? あたしなんでこんなぬいぐるみ着てるのかなー? あ、脱げない…」
「何なんだ、一体? ドロッセルマイヤーの物語の影響か?」
「ちがうよ」
と、突然、聞き覚えのある声に、二人はドキンとしました。
「みゅ、みゅうと!」
「みゅうと〜v」
「やあ、あひる、ふぁきあ。久しぶりだね。僕の国へようこそ、と言いたいところなんだけど、今ちょっと取り込んでるんだ」
にっこりと微笑んだ王子様の首の後ろから、なんと、リスの着ぐるみを着たるうちゃんが現れました。もちろん、原寸大。リスるうちゃんとアヒルあひるちゃん。サイズはほぼ同じですかね。
「あひるーっ!」
「るうちゃん! 会いたかったよー!」
「私もよ、あひる」
感動のご対面。しかし、ふぁきあ君は眉間を押さえて渋い顔です。
「何が起こってるんだ、みゅうと?」
「うん、それが…朝起きたら、国中の女の子がこうなってて。調べたら、女の子達の恋人が日ごろ思い描いているイメージ通りの着ぐるみ姿になっているみたいなんだ。僕は常々、るうを小リスのように可愛いと思っていたからこうなってる訳。ま、ふぁきあは当然アレだろうけど。あひるは子ブタとか子ザルも似合いそうだよね」
「みゅうと、話がずれてる」
「ああ、ごめん。でね、名づけて『彼女は着ぐるみ』事件。恋人の理想の着ぐるみ姿に悩殺された一部から反対意見もあったんだけど、国中で彼女たちを元に戻す方法を探しているんだ。だって、普段、恋人のことをマレーグマとかマントヒヒと思っていた男もいて、ひと騒動起きてるし。カバ姿にされた彼女とかはカンカンなんだよね」
「そりゃ、そうだろうな。ま、人の好みはそれぞれあるんだろうが」
二人の会話を聞いていたあひるちゃんは、自分はマントヒヒとかにされなくてよかったと思いました。でも、るうちゃんのリス姿を見ていたら、ちょっと羨ましくなりました。どうせなら、アヒル以外の姿にもなってみたい感じもします。
「あーあ。あたしもリスとかになってみたかったなあ」
「そう? この尻尾とか、とっても触り心地がいいのよv」
「触らせてっ、るうちゃーんv」
「触って、触ってv」
「いいなー、るうちゃん」
「ま、ふぁきあの想像力の貧困さを思えば、アヒル以外は思い浮かばなかったんでしょうけどね」
わざとらしくため息をついて、勝ち誇ったようにるうちゃんがふぁきあ君の方へちらりと視線を送ります。
「何言ってやがる! あひるはアヒルだろーがッ!」
ふぁきあ君が怒鳴りました。
「あら、貧困な頭なのは事実でしょ? 物語を書くとか言って、結局あひるの物語しか書いてないじゃない。自分の可愛い恋人のことをアヒル以外思い浮かばないってのもどうかしてるわ。子猫ちゃんとか、バニーちゃんとか、考えたこともないんでしょ?」
「何で、俺が、そんなこと……」
口喧嘩でるうちゃんに敵う人がいるのでしょうか。るうちゃんの言葉で、ふぁきあ君の頭の中に子猫あひるちゃん、バニーあひるちゃんが強烈なイメージとなって襲い掛かります。次の瞬間、あひるちゃんは子猫姿に! そして、バニー姿へとぽんぽんと変わります。自分の妄想通りに姿を変えるあひるちゃんにふぁきあ君は大慌て。一生懸命に可愛いアヒル姿を思い浮かべて、やっと元に戻りました。と言っても、アヒルの着ぐるみ姿。女の子には戻りません。
「ね? こんな風に色々と大変なんだよ、ふぁきあ」
王子様がニコニコと笑いました。ふぁきあ君は疲れ切って、地面にへたり込んでしまいました。
「王子様〜」
そこへ、インコ姿の召使いが文字通り飛んで来ました。
「天文学者の先生からメッセージです」
「うん。ありがとう。なになに……『アニマル大気が現在我が国をすっぽりと覆っています。大気の通過に伴い、着ぐるみ現象が発生している模様。明日か明後日にはおさまる見込み』……だってさ。天気のせいなら打つ手なしだね。今日は泊まっていきなよ、二人とも」
「わーい、お泊りー!」
あひるちゃんとるうちゃんは手を打ち合って喜びました。ふぁきあ君の目は泳いでいます。その晩は、王子様が二人の為に晩餐会を開いてくれましが、集まった人達は着ぐるみの女性同伴。盛大なお人形さん遊びをしている男の集まりにも見えて、ふぁきあ君は軽くめまいがしました。それでも、まあ、あひるちゃんの為にパンを小さくちぎってあげたり、果物を小さく切ってあげるのはいそいそとやっておりましたから、多少は楽しんでいたものと思われます。
晩餐会が終わって、あひるちゃんとふぁきあ君が用意された部屋に行ってみると、一流ホテルのスイートのような部屋にびっくりしました。豪華なバスルームもついています。
「わーv ふぁきあ、早くお風呂に入ろうよv」
「お前、その格好で入るのか…?」
「だって、脱げないもん」
「しょうがないな…」
あひるちゃんのリクエストに答えてふぁきあ君はお風呂の用意をしてあげました。着ぐるみのあひるちゃんと一緒にお風呂に入るのは、アヒル状態のあひるちゃんと入るのとはまた一味違うのでしょうか。なんだか、ふぁきあ君は妙にご機嫌です。鼻歌を歌いながらあひるちゃんを洗っています。あひるちゃんも気持ちよさそうです。
それから、用意されたベッドに二人仲良く並んで、すやすやとお休みになりました。
そして、翌朝、不思議の国の王子様のお城で目覚めた二人は、今度は「彼は着ぐるみ」事件に巻き込まれたことを知るのでした。
女の子の姿は元に戻ったものの、今度は国中の恋人のいる男子が着ぐるみ状態になってしまいました。普段、愛しい恋人に何と思われているか、男性諸君はその身をもって知ることと相成りました。もちろん、我らがふぁきあ君と王子様も例外ではありません。しかし、まあ、女の子というものは愛玩動物が好きですから、男の子達は大抵において可愛らしい姿にされました。中にはカエルやイグアナなんてのもおりましたが、チワワとか、ミーアキャットなど、ふわふわして抱き心地のいい動物が多いのでした。
「やーん、ふぁきあったら、かーわーいーいーv」
「お前、いつも俺のこと、こんな風に思ってたのか…」
「いーじゃーん。でも、それ、一応、オオカミなんだから。かっこいいでしょ?」
「子供の…だろ。オオカミっつっても子犬とかわんねー」
「うーんv だから、かーわーいーv リボンつけたげるーv」
あひるちゃんは自分の髪のリボンをふぁきあ君の首に巻いてあげました。ますます、ぬいぐるみのようです。抱き上げられて、抱き締められて、頬ずりされて、気分は悪くないご様子のふぁきあ君ですが、こんな情けない姿を人に見られたくはありません。しかし、無情にもドアはノックされました。
「あーひーるー、起きてる?」
「あ、るうちゃん! 入って、入って!」
『見て、見て、ふぁきあがv』
『見て、見て、みゅうとがv』
二人同時に恋人の見せ合いっこしました。るうちゃんのふくよかな胸に抱き締められていた王子様がふぁきあ君に向かって手を挙げてにっこり笑いました。
「やあ、ふぁきあ。似合ってるよ」
「お前もな……」
「さっき、天文学者の報告があって(あ、彼はアナグマになってたよ)着ぐるみ現象は今夜一杯でおさまる見込みだってさ」
「そう願うぜ」
「大気が不安定だから、時空が歪みやすいんだって。ふぁきあは力があるから歪みに入って来れちゃうんだよね。これがおさまったら金冠町に帰れると思うよ」
「そうか」
二人の会話を聞いていた女の子達は、途端に焦り始めました。
「えー! じゃあ、みんなで何かして遊ぼうよ!」
「そうね、あひる。遊ぶなら今のうちってことよね」
「うんっ!」
「じゃあ、行きましょう」
るうちゃんはあひるちゃんの手を取ると、お城の奥深くに連れて行きました。
「ねえ、るうちゃん、どこ行くの?」
「外は寒いから、お城の中で遊ぼうと思って」
「ふうん」
「このお城には、何百もの部屋があるの。それぞれ、別の世界につながっているんだけど、最近の私のお気に入りの部屋に案内するわv」
「わーいv 楽しみv」
るうちゃんと歩いていると、とても小さな扉がありました。ねずみが通れるくらいの大きさです。あひるちゃんは興味を引かれてるうちゃんに尋ねました。
「ねえねえ、るうちゃん。この扉はどこにつながってるの?」
「あ…それは…」
るうちゃんの顔がさっと曇りました。王子様が代わってあひるちゃんに説明してくれました。
「ああ、これはね、この世界が消えかかってるんだよ。だんだん小さくなって、扉が消えると、この世界は消滅する。多分、戦争か飢きんがあるんだろう」
「え…そうなんだ…」
あひるちゃんは思いもつかなかった話に悲しくなって、ぎゅっとふぁきあ君を抱き締めました。るうちゃんも視線を落として悲しそうな顔をしています。そんな二人を交互に見ていた王子様はパチンと指を鳴らすと、どこからかコウモリの姿をした召使いがろうそくを持って飛んで来ました。
「ご苦労」
王子様はろうそくを受け取ると、るうちゃんに床に降ろしてもらって扉の前にろうそくをかざしました。すると、小さくポッと火がつきました。その赤々とした炎を見ていると、不思議に胸が温かくなってくるのです。
「ああ、大丈夫。まだ、希望の火は消えていないよ」
王子様が言いました。
「僕達がこの世界の為に直接できることはないけれど、祈ることはできる。この世界の人々の希望を信じることはできる。この火が消えないように、扉が元に戻るように祈ろう」
四人は頷き合うと、それぞれにその世界の平和と、希望の絶えないことを祈りました。それから、コウモリの召使いにろうそうくを返して、四人は目指す部屋に向かいました。途中、『BPP』と扉に書かれた部屋がありましたので、あひるちゃんがるうちゃんに聞きました。
「るうちゃん、ここは? 関係者以外立ち入り禁止って書いてあるけど」
「そこは中から鍵がかかってて入れないのよ。時々そういう扉があるわ」
「ふうん、そうなんだ。色んな扉があるんだねえ」
それから、もう少し歩くと、るうちゃんが一風変わった扉の前で止まりました。ようやく、目的の部屋に着いたようです。
「この扉は横にスライドさせるのよ。よっと…」
建てつけが悪いのか、るうちゃんは起用に手と足を使って戸をガタガタと開けました。
「靴は脱いでね。ここはタタミ絨毯なの」
ひょいひょいっと靴を脱いで部屋の中に入って行くるうちゃんに見習って、あひるちゃんも同じようにして後に続きました。
「わあッ! この部屋おもしろーい! ねえ、るうちゃん、これなーに?」
「コタツよ。ここに座るとあったかいのよ」
「これは?」
「ミカンよ。コタツで食べるの」
あひるちゃんにとっては初めて見るものばかりです。そんなあひるちゃんの為に、ひとつひとつるうちゃんが丁寧に説明してくれます。
「私達が入って来たのはこの世界では押入れなの。ほら、部屋の反対側にもうひとつ戸があるでしょ? あれがこの世界への入り口よ。ここも今は冬みたいね。雪が降ってるわ」
るうちゃんが障子の雪見戸を開けると、ガラス越しに雪が降っているのが見えました。あひるちゃんも外を見ようと窓に近づくと、突然、大きな影が窓に覆いかぶさりました。
「きゃッ!」
ふぁきあ君が威嚇してグルルルルとうなります。そんなふぁきあ君の鼻面をピンとはじいて、るうちゃんはカラカラッと窓を開けました。
「大丈夫よ、あひる。ふぁきあ、失礼よ。この方はお隣りのトトロ大介さん。あら、回覧板ね。ありがとう。中太君と小ちゃんはお元気? そう、よかった。よろしくね」
大きな毛むくじゃらのトロール相手にるうちゃんは平気な顔で挨拶しています。これには王子様もびっくりしたようです。
「るう、回覧板なんてあったの?」
「ええ。回すのはうちと隣りしかないんだけど」
「知らなかったよ」
るうちゃんはすごいなあとあひるちゃんは思いました。
それから、四人はコタツでミカンを食べながら、すごろくをしたり、カルタ遊びをしたりしました。お腹がすくと、囲炉裏でお餅を焼いて食べ、コタツでごろごろしたりしました。雪が止むと、外に出て雪合戦もしました。ふぁきあ君は寒くても平気でしたが、王子様は何せ猫ちゃんなので、るうちゃんの背中にひっついて離れませんでした。それでも耐え切れなくなって、王子様はコタツに篭ってしまいました。
るうちゃんとあひるちゃんはふぁきあ君をターゲットにして雪投げをして遊びました。ふぁきあ君も負けてはいません。女の子二人なんて軽い軽い。わふわふ吠えながら素早く走って雪玉をかわし、るうちゃんに体当たり、あひるちゃんに抱きついて勝利していました。三人ともすっかり雪まみれになりました。とっても疲れて冷えたので、お部屋に戻ってお風呂に入ることにしました。
「あひる、一緒に入りましょう?」
「うんッ!」
るうちゃんとあひるちゃんの楽しそうな声がお風呂場から聞こえてきます。その声を聞きながら、ふぁきあ君はふてくされていました。王子様がコタツからちょっとだけ顔を出しました。
「ふぁきあ、いくら着ぐるみだからって、今お風呂に行ったら僕は君と刺し違えても…」
「行かねーよッ」
どうせお前は猫だから風呂なんか入らないだろう、と思いつつ、諦めきれないふぁきあ君は王子様に背中をぷいと向けてしまいました。そこへ、るうちゃんが戻ってきました。
「ふぁきあ、あひるが洗ってくれるって。どうす……る…」
るうちゃんの言葉が終わらないうちにふぁきあ君はすっ飛んで行ってしまいました。
「ねえ、るう。ふぁきあの尻尾、すごかったね」
「そうね…。呆れるくらいにね…」
夕飯は鍋にしました。王子様はコタツから出てきませんでしたが、鍋の具がグツグツと煮えてくると顔を出しました。あひるちゃんはふぁきあ君が食べ易いようにふーふーと冷ましてあげました。るうちゃんも同じように王子様にしてあげました。王子様とふぁきあ君はそれぞれ女の子の膝の上に乗せてもらって、食べさせてもらって、幸せそうです。お腹が一杯になると、四人はコタツでごろんと横になりました。るうちゃんは王子様の毛皮をナデナデしています。ウットリするほど艶やかでスベスベの素晴らしい毛並みです。王子様もすっかりるうちゃんに身体を預けています。あひるちゃんはふぁきあ君を抱き枕代わりにしています。ふぁきあ君を抱っこしながら、あひるちゃんはとっても眠くなってしまいました。普段はふぁきあ君に抱っこしてもらいますが、自分がふぁきあ君をまるごと抱っこしてあげるのは初めてです。自分の腕の中で気持ちよさそうにしているふぁきあ君を見てると、守ってあげたいような気分になります。なんだかくすぐったいような、嬉しいような、不思議な気分です。
(赤ちゃんってこんな感じかな?)
さっき洗ってあげたので、毛はふかふかで、石鹸の香りがします。
(あー、なんか幸せーv)
そのまま、ふぁきあ君とあひるちゃんはすやすやと眠ってしまいました。
小鳥の声にはっとして目を覚ますと、いつもの金冠町の空の下。
新春の真昼の夢でした。
でも、ふぁきあ君の首にはあひるちゃんのリボンがしっかりと巻かれていましたとさ。
<おしまい>
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