花びら |
建物を入るとそこは物置き場のようだった。 明かりはついていて明るいはずなのにどこか闇に溶けているようなその場所を二つの影は進んでいく。 コツコツと歩く音だけ響いていたがふいにその音が止まった。 「どこまでついてくるのかしら?」 クレールは立ち止まり、何もいないはずの壁に問いかけた。 その言葉にみゅうとが振り向くと後ろの壁からチュチュがゆっくりと出てくる。 警戒しながら出てくるチュチュにクレールは艶然と微笑み続けている。 「・・・・・・みゅうとはどうしちゃったの?」 「どうもしないわ、チュチュ。これが本当のみゅうとだもの」 艶やかに笑うクレールにチュチュは圧倒されながらも近づいていく。 ここでひるんでいてもみゅうとは助けられない。 何もできないかも知れないけれど、ここで黙って帰ってしまうわけにはいかないのだから。 「そんな!!だってみゅうとは・・・・」 「おせっかいはいらないわ!」 クレールの言葉と同時に足元に鴉の羽が何本も突き立つ。 しかし、チュチュはひるまず、ゆっくりと近づくのをやめなかった。 「それにるうちゃんだって!!」 「その名で呼ばないで!」 その言葉に微笑みは消えて苦しげな表情が浮かぶ。 そして手からさらに羽を出すとナイフにかえて、チュチュの付近を囲むように投げてきた。 チュチュもかわそうとくるりとまわって飛び逃れた。 しかし、着地して振り向くと新たなナイフが飛んでくる。 扇でいくつか跳ね返すがあまりの数に避けきれず、腕をナイフが切りつけた。 腕に痛みと熱さを感じて、チュチュは声を上げた。 「きゃあーー!!」 痛みでうずくまるチュチュになおも無数のナイフは襲い掛かる。 もう駄目かと当たる瞬間目を閉じた。 「っっ!!」 そこに別方向からもナイフが飛んできて弾かれるようなぶつかり合う金属音が響いた。 目の前のナイフと化した羽が別方向から来たナイフにぶつかって折れておちていく。 「え・・・・」 黒い羽が舞い上がり、そこにゆっくりと人の影が浮かび上がる。 「やめろ・・・」 姿を現した彼はふぁきあだった。 いつもの制服姿とは違い闇にとけるような黒い衣装につつまれている。 黒い羽に包まれたその姿はいつも以上に大人びていた。 チュチュは声の主を確かめようと見上げるが、目の前に靄がかかったようになり意識もゆっくり、その靄に飲み込まれていく。 「誰?・・・・あっ・・・」 力なく倒れてしまったチュチュをふぁきあはしゃがみこんでクレールの方を見る。 「なぜここまでする必要がある?クレール」 「あら?別に死ぬわけじゃないでしょう?貴方も知ってのとおり、その羽はまやかしだもの肉体を傷つける訳じゃないわ。」 ふふっと笑うクレールにふぁきあは苦々しくにらみつけた。 「チュチュには手を出すなといわれてるはずだ」 「そうね・・でも貴方には都合がいいんじゃない?」 「その羽には一時的に媚薬ように人の意思を好きにできる毒を塗ってあったのよ、本物かどうかはわからないけどね。ドロッセルマイヤーがそういってくれたの、 効果は長くないといっていたけど貴方には充分でしょう?みゅうとに使うはずだったけど必要なくなったから試してみたのよ。」 フフッと笑うクレールをふぁきあは再度、鋭くにらみつけた。 「そんなものがなくても俺はチュチュを手にいれる・・余計な事をしなくていい」 「あら・・・残念ね、どちらにしても私にはこうしてみゅうとがいればいいのだから」 ふぁきあは黙ってチュチュを抱き上げた。 腕の赤い後は赤く少し光っているようにも見える。 (毒の影響か・・・) 立ち去ろうとするふぁきあにクレールはさらに声をかけた。 「まだ何かあるのか?」 「毒はすぐに抜けないでしょう?おわびにあそこを貸してあげるわ」 指した先にぽうっと光が立ち、下に降りる階段がうかんだ。 「貴方の好きにしたらいいわ」 ふぁきあはチラリとだけクレールを見ると不機嫌そうに黙ってその階段を下っていった。 チュチュにあの薬を使おうとしたのも本当だが、そうして元に戻す手助けをしてしまう自分もいる。 もやもやしたものを、振り払うかのようにクレールは、ふぁきあを見送るとみゅうとと共に風の中に消えた。 一面は黒い羽に覆われているその部屋にふぁきあはチュチュを寝かせた。 腕から毒を抜かなくてはならない。 しかし、体自体に傷がついている訳ではないのだ・・こうして鴉の力を使って徐々に効果を消していくか、痛みをともなうが無理やり 傷ごと消してしまうしかない。 周囲の羽にふぁきあが手をかざすとぽうっと鈍く輝きはじめた。 これでいいはずだ。 眠っているチュチュは痛みを感じているのか苦しげな表情をしている。 まだ痛みを感じているのだろうか・・・ふぁきあはそっと頬に触れてみる。 その瞬間、パチリと開いた目に驚いて手を引っ込めた。 「・・・・」 黙っているとそのままチュチュはゆっくりと起き上がった。 起きたばかりで事態がわからないらしい、不思議そうに周囲を見回している。 驚いて見ているとふぁきあを見つけて彼女は、ゆったりと優しく微笑んだ。 「チュチュ?」 名前を呼ぶ声にこたえる様に手を伸ばし、ふぁきあの顔に手を触れる。 今まで自分に向けられた事のないなんとも幸せそうな微笑に困惑した。 「毒の影響か?」 「ふぁきあ・・・」 いつもなら無理やり抱きしめたり、触れたりしているからこうして触れるのは初めてではない。 しかし、向こうからこうして微笑みかけて触れてこられるのは初めてだった。 毒の影響とはわかっていても自分に向けられる事のなかったその表情に目が離せない。 そのまま、抱きついてくるチュチュにふぁきあは力を抜いていたので倒れこんだ。 幸せそうにそしていとおしそうに抱きしめてくるその腕に、ただ好きにさせた。 自分自身に向けられているものではないとわかっていても、その微笑みや暖かさに心の飢えがその手を振り払えずにいる。 そして同時に別のものが頭をもたげてくる。 「俺だとわかっていてもそうやって微笑めるか?チュチュ」 ニヤリと不適に笑うとふぁきあの上にあるチュチュの体を抱き寄せた。 いつもならそこまでいかない行為でも、嫌がって腕から逃れようとするはずのチュチュはそのままふぁきあの頭かかえこむように 抱き寄せられた。 腕の温かさや少女の甘い香りに酔いしれながら、胸元に顔をよせた。 あいた腕で胸の覆いをゆっくりと引き下ろすとそこに唇をよせる。 ふれた部分に感じたのかチュチュは小さく声をあげた。 甘い掠れた独特の声にふぁきあは惹かれるようにやわらかいその胸に唇をはわせる。 「あ・・・やぁ・・ああ!!」 膨らんだやわらかな肌にゆっくりと歯をたてながら強く吸うと痛みのためか体を強張らせた。 それを見てふぁきあは片方の膨らみに手の伸ばすとゆっくりとその先端を転がすように指でもてあそぶ。 「はぁ・・・ん・」 痛みから別の感覚に変わったその吐息を確認するとさらにそこに強く口付けた。 「このまま俺のものになってしまったら気がついたとき、お前はどうするのかな?チュチュ」 そういうとふぁきあは悲しげな笑みを浮かべてチュチュの足に手を伸ばしていく。 上にのっているのは、チュチュの方なのだからふぁきあがいくら力や腕力で勝っていても嫌ならいくらでも逃げられるはずだ。 しかし、そうまでされても彼女はうっとりとふぁきあを見下ろしている。 まるでそこにいるものが自らのすべてであるように・・・ 「ふぁきあ?」 動かないで黙って見つめるふぁきあに不思議そうに首をかしげるチュチュ。 こうしてこのまま抱いてしまうのは簡単な事だ。 目が覚めたチュチュは悲しむかもしれない・・しかし、みゅうとが鴉の血に囚われ始めている以上、自らもこうしてふぁきあの物になってしまえば 諦めてしまうかも知れない・・・・ それがいいはずなのだろう・・鴉の命を受けた自分としては・・しかし・・ 「それはそれで面白みがないな」 それにそんなチュチュ・・あひるを手に入れても意味がない。 自分をひきつけてやまない彼女のそれは真実の姿ではないのだから。 黙って見つめているとチュチュの腕や手がふぁきあの頭に触れた。 なんとも愛しそうに抱き寄せて微笑んでくるチュチュ。 触れる指はやわらかくふぁきあは目を細めた。 いつも怯えた目かはっきり見返してくるその瞳は、ふぁきあだけをうつしていてうっとりと潤んでいる。 みゅうとに向けられるその瞳が自分に向けられることを願っていた。 けれど・・・・ 「まやかしか・・・」 つぶやきなから、チュチュの体を押して起き上がる。 驚いて見返してくるその表情を見てふぁきあにいつもの彼女を思い出させた。 「結局、こうして意のままになるお前よりいつものチュチュに惹かれてるなんて我ながら謎だな・・・」 ふぁきあは苦々しく笑ってチュチュを抱き寄せた。 そうして背中に手を回して抱きすくめると傷に直接手を触れる。 「痛いっ!!やめて・・」 「ちょっと荒療治だが、我慢しろ」 「んっ・・」 痛みのため、暴れるが抱き寄せられているため逃げることもできず、チュチュはさらに声をあげそうになる。 しかし、その声は唇によって防がれた。 (今、気づかれるのはまずい・・・) ここは大鴉の足元のようなものなのだから。 短い時間であったその静寂はふぁきあにとってはとても長く感じられた。 触れている唇の温かさや肌の感触が心をチリチリとしびれさせる。 唇を離すと荒い息のまま、チュチュはなにか小さくつぶやくと腕の中に崩れ落ちた。 「・・・・・」 その言葉に正気に戻った事を確認してふぁきあは安堵の息をついた、そしてそのまま抱き上げると、先ほど降りた階段を再び上っていった。 乱れた胸元をなおそうと手をふれると、先ほど強く口付けた鮮やかな赤い跡が花びらが舞っている様についている。 「この意味をお前が知ったら、やはり悲しむのか・・・チュチュ」 悲しげに微笑むと手元から黒い羽を出して布にかえてかけてやる。 このような姿を自分以外の目には触れさせたくない。 たとえ、自分のものにならないとわかっていても・・・。 外はすでに暗闇に包まれていた、月明かりだけが街を照らしている。 闇に乗じて建物から出ると少し離れた廃屋に目を留めた。 近すぎるか・・とつぶやいたが、クレールの様子だと再度、チュチュに手出ししないであろう。 意識ももうすぐ戻ってしまうかもしれず、焦ったふぁきあは廃屋の窓から抱き上げたまま入ると椅子の上に下ろした。 あらかじめもう一枚手元に出していたマントを下に引くとそこにチュチュを寝かせる。 動かしたためなのか、身じろぎをする少女にふぁきあは焦って立ち去ろうとしたが、そのままチュチュは静かに寝息を立て始めた。 起きる気配のないのに安心して腰を下ろすとしばらく寝顔を見つめ続けた。 起きた時は、もう先ほどのように自分に微笑みかける事のないであろう唇をそっと指でなぞる。 「まだ、来るべきときじゃない・・大人しくしていろ」 触れられても起きる気配のないチュチュにふぁきあは優しく微笑むと立ち上がり、闇にとけるように風の中に消えた。 「ん・・・?」 起き上がったそこはかすかな明かりのみの闇の中だった。 焦って目を凝らすと月明かりが窓から差し込んでいる。 目が慣れてきて周囲を見回すと、どうやらここは建物の中のようだ。 チュチュはほっと胸をなでおろした。 自分はクレール達を追っていたはずだ・・・どうしてここにいるのだろう。 起き上がると布がかけられているのがハラリと落ちる。 立ち上がると胸元にチクリとかすかに痛みを感じた。 怪我でもしたのかと手を伸ばすとそこには赤い跡が花びらのようにくっきりとついていた。 触れて見ると怪我ではないようだがかすかに痛む。 大した事はないようなので、チュチュはあひるの姿に戻った。 (まさかまだ跡ついてないよね?) 服の中を覗き込むとそこにはさっきより小さくなった跡がやはりくっきりとついている。 「怪我じゃないからいいよね・・・」 なんだか気にかかるものを感じながらあひるは、立ち上がってドアに向かった。 「早く、みゅうとを助けなきゃ!」 胸の跡がチクリとまた痛んだような気がしたが、黙ってあひるは廃屋を後にした。 たくさんの想いの絡むその月明かりの夜に・・・。 ーENDー |
某所で晒させていただいた絵に小説を付けてくださいました! 黒×チュチュ、というよりもむしろチュチュ×黒で!(笑)と思って描いた絵だったのですが、まあこんな素敵紳士な黒王子にv ごまさんありがとうございました〜v |
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